論理の流刑地

流罪に遭い戸惑う世捨人の雑記

『「超」発想法』(野口悠紀雄, 2000)

Introduction

ヒラノ教授シリーズもあらかた読んだので、今野浩の高校の同級生である野口悠紀雄の本をよむ。
とりあえず今野氏が描く野口氏は、スーパーウルトラ猛烈ハイスペック勉強マシーンという感じである。
(「あのころ、僕たちは日本の未来を真剣に考えていた」のなかで今野氏は、実は野口氏がバツイチだということを暴露しているが、これは本人の許諾をとっているのだろうか...)
ヒラノ教授もパワフルな老人だが、野口氏も(最近なんかで読んだんだけど)散歩しながら浮かんだアイディアを音声メモで記録して、帰宅したらすぐに原稿に起こすようなスーパー後期高齢ソルジャーである。
自分が仕事で尊敬する師匠にもそういう人がいるのだが、1940年代生まれでずっと第一線を駆け抜けてきた人の底力ってやばすぎるよね..

「超」発想法

「超」発想法

「超」XX法シリーズは、かなり売れているが、まぁ職業柄これから読もう。

内容

かいつまんでね..

序論

インターネットやIT技術がさまざまなコストを下げて仕事のやり方を変えてきたよ(ここで代表例がGoogleじゃなくてYahooなのが時代を感じさせる)
これからは「発想における競争の時代」やで。

1章:「超」発想法の基本原則

野口長老曰く、以下5つが発想を導くとのこと。

  1. 発想は、既存のアイディアの組み替えで生じる。模倣なくして創造なし。
  2. アイディアの組み替えは、頭の中で行われる。
  3. データを頭に詰め込む作業(勉強)がまず必要
  4. 環境が発想を左右する
  5. 強いモチベーションが必要

(個人的感想)
「模倣なくして創造なし」というのは強く同意する。まず勉強が必要というのもそうだろう。
ただなー。2点目と5点目はマッチョイズムが透けて見えるというか、今野浩曰く「1日16時間勉強する男」だった野口氏ならではなのではないかと思うのである。

たとえば、「アイディアは頭の中でおこなわれる(べきだ)」ということについて、野口氏は以下のように語っている。

全ての思考は頭の中で行われるのだから、これは自明の命題と思われるかもしれない。しかし、必ずしもそうではない。
なぜなら、多くの人は、「アイディアの組み合わせは、カードや発想マニュアルなどの外部的な補助手段の活用で生み出される」と考えているからだ。
そして、そのような手法が、一般に「発想法」だと考えられている。

第二原則は、この常識を否定する。「組み合わせ」といっても、可能な数は、膨大になる。
だから、発想の過程で必要なのは、新しい組み合わせを機械的に作ったり、それらをいちいち点検したりすることではなく、
むしろ多数の組み合わせのうちから無意味なものを排除すること
なのである(p.30)

うーん、これは「ええ感じの組み合わせ」(=アイディアの候補)がほっといても、マニュアル化しなくても出てくる人の論理な気がするなぁ。

「頭脳は、不必要な組み合わせや意味のない組み合わせを自動的に排除する能力をもっている」とポアンカレは言う。カードで組み合わせを試みれば、無意味なものも扱わなければならならくなる。つまり、頭の中で効率的にできることを、わざわざ非効率的にしているのだ。
(中略)

それに、発想のための基本的な方法論は、学校の勉強や日常生活、あるいは遊びを通じてすでに取得している
だから、格別新しい発想法を学ぶ必要はないのである。そして、方法論ばかりを意識していては、アイディアは浮かばない。
手段だけに気をとられると、肝心の発想作業がおろそかになってしまう。
(pp.31-33)

ここらへんがねー。天才側の発想というか、凡人はそもそも基本的な方法論を取得してない、と思うんだよなぁ。
方法論を意識しないとアイディアが浮かばない場合もあるし、方法論を(意識せずとも)何らかのフォーマットによって強制し、それを順次組み合わせることでアイディアを含む成果物が(アホでも、病気がちで体力なくても、メンタルがやられていても)できるようなシステムを構築するのが大事なんじゃないのって思う。

「強いモチベーションが必要」ってそりゃそうなんだけど、そりゃポアンカレや野口氏がモチベーションをもって自分を引き締めれば、
複雑な問題を小さい問題に分割してどういう順番でやればいいのかを判断・処理するっていう一連の流れが頭の中でAutomaticになされるんだろうけど、
そうじゃない人のほうが多いんだよなー。私もそうだけど。

無意味な組み合わせをつくることを排除することと外部出力をしないことは同義じゃないし、
有用な組み合わせを導くことも、無用な組み合わせを取り除くことも、それをうまく手助けするためのヒューリスティクスはありうると思うし追求できるんじゃないか。

このあとの第4章ではKJ法川喜田二郎がボッコボコに批判されている。
立花隆氏の「これが利点となるのは、頭が鈍い人が集団で考えるときだけである。普通以上の頭の人が一人で考える場合には、これらの特徴は欠点となる」という言葉を引用しつつ、KJ法を以下のように、批判する。

このように、「普通の人は頭の中でやっている作業を、なぜわざわざカードに書く必要があるのか?」という点がKJ法に対する最大の疑問である。

「普通の人」って誰なんだろうっていう反駁が浮かぶのだが、まぁ野口氏のポジションみたいなものを考えると、ある意味それは納得できる。

ronri-rukeichi.hatenablog.com
↑この記事でも書いたんだけど、川喜田二郎は高校大学と隣に梅棹忠夫っていう天才がいて、
どっちかっていうとそういった天才に伍する成果を人工的に集合的につくるうえで、ヒューリスティクス的なエンジニア的な方法をとったわけである。

なんか今野浩野口悠紀雄という日比谷高校の同級生を並べてみても、似たような関係っていうのはあって、
二人とも東大工学部卒ではあるが、大蔵官僚→経済学者という道を歩んだ野口と、エンジニアとして生きてきた今野はかなり違う。
それは、個の力で周りを圧倒しながら生きるか、集団として周りと協調しながら生きるか、という違いでもある。

自分の頭の中の黒板でだけ色々と組み立てて、その結果を出力するだけでいいなら、
そりゃ天才は個人で「文章にかかないで、宙でかんがえるほうがうまくゆく」(by梅棹忠夫)だろう。

しかし共同研究の多いエンジニアにはそれは許されないし、(エンジニアとは言い難い)川喜田二郎も移動大学では「頭が鈍い人(とは言わないまでも凡人)が集団で考える」成果をよいものにする必要性に迫られたからこそ、より万人でもOutputの質が安定するような方法を見つける必要があったのである。

天才じゃない(っていうか頭の中だけで考えるのが不得手な)立場からすれば、前述の立花発言をもじって、
「頭の中で考えるのが利点となるのは、頭が異常に切れる人が個人で考えるときだけである」と言い返したいところではある。

2章: 発想はどのような行われるか?

天才のマッチョな方法にはなんかあんまり同意できなかった。が、
ポアンカレさんのよい言葉があったので記しておく。

発見するということは、まさに、無用な組み合わせをつくらないで、有用な組合せをつくることに存する
かかる有用な組合せは、その数きわめて少ない。発見とは識別であり選択である
(「科学と方法」より)

あと、

3章: 発想の敵たち

「邪魔者を排除して集中しよう。以上!」みたいな章。いや、それも大事だけど。

4章:間違った発想法

なんと1章丸々使ってKJ法批判を展開している。そこまで注力することなのだろうか?
天才には凡人が許せないのか?と思うが、まぁ天才だからしゃーない。

5: 正しい発想法

結構これは部分的に有用なことが書いてある章。

複雑な現実を単純化・抽象化した「モデル」が、多くの学問やビジネスにおけるアイディアの基本っていうのは心から賛同できる。
また、「抽象的なモデルで記述することによって、一見無関係な分野の研究結果が応用できる」(p.148)というのは
あまりにも重要なことだろう。この原理を利用すると、かなり面白いものが書けたりするのである。

問題を分解してから、単純化して考えるのが問題解決の基本というのは、任天堂の故岩田聡社長も言っていたことである。

世の中のことって
だいたいは複雑じゃないですか。
複雑なことに対して
仮説を立てて考えていこうとしたら、
絶対に人は単純化する
わけです。

分析とはものごとを要素にわけて分解して、
そのなかで
「こうすればこれは説明がつくよね」
という仮説を立てることですから、
わたしだけでなく
みんながやっていることなんです。
だからプログラマーの特権ではないと思います。

ただ、プログラマー
それを毎日やっていますので、
いくつも仮説を立てては
頭のなかで比べる訓練はすごくしています。
毎日筋トレをしている、
という程度の自負はあるんです。
トライアンドエラーの回数は多いですから。

プログラムをする人が
みんなそうしているのかどうかは
知りませんけど、わたしはそうしているんです

ほぼ日刊イトイ新聞 - 社長に学べ!

私もプログラムを書くので、この話はすごいわかる。
(あと付け加えるのなら、どんな複雑な問題も、定義済関数による単純な処理を組み合わせることによって対応する、というプログラミングの進め方=制約が、非常に問題解決や知的生産に有用だと考えている)

章後半の「遊びが大事」っていうのはよくわからなかった。
「近年の日本では発想を養うための遊びの環境が失われている」と言われても、そんなん今の若者はどーすればええねん。

第6章以降の内容は割愛。パソコンという新しいおもちゃが誕生してむっちゃウキウキしているミレニアム期の野口氏が見られます。

Conclusion

アイディアとは模倣のことだ(というか既存要素の組み合わせ)!
んで「イマジネーションとは記憶のことだ」(by ジェイムズ・ジョイス)!

天才は頭の中でうまく編集して組み合わせてアイディアつくれる!
悔しいから天才よりも高速に外部出力しながらアイディアを生み出す仕組みを作ろう!


Enjoy!

冬の原稿用BGM10選(本当に疲弊しているとき用)

Motivation

あまりにも時間と余裕のない人生であり、喉は痛み目は腫れ心は荒む。
あまりにも寒い人生で、寒い世相で、寒い季節だ。しかし仕事はたまり、締め切りは迫る。
選挙?そんなものは公園の鳩の餌にした(いや、ちゃんと期日前投票行きましたよ...)

そんなときは、コンビニで「ほっとレモン系」のものを買ってきて、音楽を聴きながらとにかくぼーっとして仕事をする気分になるまで気持ちが「無」に達するのを待つのがいい。

とにかく、とりあえず「机の前で、椅子に座った状態で落ち着く」ってのが大事なんですよね。
これが、ベットやソファに横になりながら、スマホで動画とかみだすと、もうこれは堕落ですよね。
カンダタに蜘蛛の糸を垂らしてくれた天も、そんな姿の私をにはせいぜい火傷不可避のロウソクくらいしか垂らしてくれないだろう。

村上春樹も、そういっていた。

すぐれたミステリー作家であるレイモンド・チャンドラーは「たとえ何も書くことがなかったとしても、私は1日に何時間かは必ず机の前に座って、一人で意識を集中することにしている」というようなことをある私信の中でのべていたが、彼がどういうつもりでそんなことをしたのか、僕にはよく理解できる。

チャンドラー氏はそうすることによって、職業作家にとって必要な筋力を懸命に調教し、静かに志気を高めていたののである。そのような日々の訓練が彼にとっては不可欠なことだったのだ。(「走ることについて語るときに僕の語ること」p.118)

マジで筋力の調教大事っすよねー。ハルキ先輩もそう思うっすよねー。

冬、心が疲れているとき、落ち着きたいときになにをきくか


書き出してから気づいたけど、そこまで冬感ないっていう。
まぁアドレナリンじゃなくてセロトニンから攻めるっていうかダウナー系な感じっていうかなぜだか落ち着く曲(これはあくまでもわたしが落ち着くだけで、ほかのひとにとっては落ち着かないかもしれない)の自分用メモになった。

冬の歌っていうか、冬ってなんか静かな気分になりたくなる(わたしだけなんだろうか)から、
冬に聴きたくなる歌ってことですね。

[1] 冬恋歌(タオルズ


もう20歳前後のときとか、寒い時に作業しなきゃいけないときとか、
冬の夜にアホみたいな量のぐらいのコードを書かないといけない時とかは、とりあえずミルクティー(あのクッソ甘いやつ)自販機で買って、
これを聴きながら放心状態ですよね。。。

タオルズは冬向けの曲が多く、
・山吹色の木の下で(【タオルズ】山吹色の木の下で【雪ヶ谷失恋白書】 by だいふく 音楽/動画 - ニコニコ動画
・こんなにも悲しい(【タオルズ】こんなにも悲しい【Boys and Girls】 by だいふく 音楽/動画 - ニコニコ動画
・葉桜(【歌詞付】タオルズ - 葉桜 by ゆう1015 音楽/動画 - ニコニコ動画

あたりも冬の心情に、非常になんというか沁みるものがあるのではないでしょうか。

[2] クリスマス・イブRap(Kick the Can Crew


クリスマス・イブRAP 歌詞付き


もう20171224が近いですけど、やっぱKREVA

あの頃の2人の生活を
もう一度くれないか聖なる夜

の渾身のドヤァ感は、色褪せない。
ドヤァしてるのに寂寥感を感じさせるこの絶妙な感じ。

最近Kick復活してたけどLITTLEだけおっさん化すさまじかったなぁ...

[3] 曖昧劣情Lover(koyori)

オムすけさん歌唱Verが正直めっちゃいいですね。
イントロからAメロのあたりが、すごいいい感じですね。


[4] White Days(コブクロ

www.dailymotion.com

これ、瑛太らが出ていた「銀色のシーズン」というもはや誰も覚えていないスキー映画の主題歌だったんだけど、
ちりとてちん」でブレイクした青木崇高がだいたい粗暴な役をやってるのって、この映画でかなり水路づけられたのではないだろうか。

イントロがすごい落ち着く。あとやっぱりコブクロの曲全体にいえることなんだが、
小渕パートから黒田パートに切り替わった瞬間になんか眠ってた細胞がぞわっと動き出すみたいな感覚ないでしょうか。
(これは別にどちらかがうまい・へたではなくて、二人とも素晴らしいから起きる現象だと思うのだが)

[5] 夏日憂歌SMAP

下の動画だとこの頃の中居くんは歌上手かったとかいわれてるが別にそんなことはないと思う(失礼)

もう冬じゃねーじゃないかと。
どっちかというと曲調的にはオレンジとかのほうがいいんじゃないかと。
そういうお叱りをうけそうだが、なんか落ち着くからしょうがないよね。

[6] 粉雪(レミオロメン


粉雪 レミオロメン


説明不要。やはり完成されてた曲だからあれだけ大ヒットしたのである。
しかし私はこの曲を、映画「モテキ」のなかで、墨田役のリリーフランキーがノリノリで
体全体を回しながら(球場でのウェーブのようなポーズで)熱唱していた姿を思い出しながらいつも聴いているのである。

あのリリーフランキーの謎の魔力によって、この曲がリリースされた当時の青春の思い出など吹っ飛んでしまった(そもそもそんな思い出はなかった)

[7] 泡色の街(ヒトリエ


ヒトリエ『ルームシック・ガールズエスケープ』MV全7曲クロスフェード / HITORIE - Roomsick Girls Escape

なんか冬の道をマフラーとかコートとかに包まれながらとぼとぼと歩いてると、
このまま家にも目的地にもつかず、体の感覚が麻痺したまま、ずっと眠ったように永遠に歩いていけないだろうか、とか考えてしまう(明らかにおかしい)のだが、
そういう感情を抑えつけずに穏やかな心境にさせてくれるような、そういう曲ですね。

[8] 今夜はブギー・バック小沢健二 featuring スチャダラパー


小沢健二 featuring スチャダラパー - 今夜はブギー・バック(nice vocal)

オザケン(と略すのが正しいらしい)復活記念。
冬感はないけど、冬寒い中真夜中作業してるときに、「あーこんなニッチな作業の成果誰が需要するんだろう」っていう気分を鎮静化するのにおすすめです。

てか映画「モテキ」のEDは、今夜はブギー・バッグが流れるなかで、
Webサイト(動画のキュレーションサイト的な)風をスクロールするような映像で最後までお客を楽しませるようなつくりになっており、
当時映画館で「これは日本映画史上最高に魅力的なエンドロールなのではないか」と感じたのだが、

奥田民生になりたい〜」(先月見に行った。ダメ男あるあるみたいな映画でした。なんか自分を見てるみたいで辛かったですね....)で評価を爆下げしている大根仁はいまこそあのエンドロールだけでもWeb上に公開すべきではないのか。

[9]君の声(アンダーグラフ


君の声 / アンダーグラフ(full pv)


これめっちゃ名曲なんですよね。

寝ないで書いた世界で僕ら愛をつくりだすんだ
疑えど信じ繰り返す日々で 
掴んで吐いて後に悔やんだ弱さが体のなかでカタチを見つける 
僕らはあの頃そのままでいいと思ってた

ここらへんの畳み掛ける感じ、真戸原さん、本当に天才だと思うんですよね。

てかアンダーグラフの曲ばっかり聴いてる身としては、こんな名曲の宝庫のバンドがあまり知られてないって本当に納得がいかない。
もっと四季とかパラダイムとか純心サイクルとかバースデーシグナルとか白い雨とか遠き日とか聴かれてほしいのである。

[10] Only Holy Story( Steady & Co ft. azumi)

なんか久しぶりに聴くと涙出てくるんですよね。。。
SHIGEOかっけーよ(おれはこんなオッサンになりたかった)。

あとやっぱKjってすごいですね。
ハタチそこそこでこれや「静かな日々の階段を」の詞書いてたって思うとやっぱり普通の人間とは思えない。
藤井四段の受け答えが大人すぎて人生二週目疑惑が各所で浮上しているが、個人的には降谷建志こそ前世の記憶をもつ男だと思う。

Conclusion

いやでもまぁただひたすらアホみたいに頭使わない作業こなすモードのときは、
そりゃキャッハーな感じのうたがいいよね。


ポルカドットスティングレイ「テレキャスター・ストライプ」MV

セプテンバーミー「幽霊ダイブ」MV



Enjoy!

RからMplus制御

Introduction

人間、30年以上生きていると一度はRからMplusを制御したいときがある(さて、どこで私は人生を間違ったのでしょうか...)

そんなときには、RのMplusAutomationパッケージを使えばいい(ということを小野滋氏のブログを読んでいて昨日知った)。
Cranのマニュアル
Vignette
徳岡大氏による紹介記事

How to Use

Rから使うときには、基本的な流れは、

  1. データをMplusで扱えるように変換します
  2. 処理内容を記述した.inpファイルを作成します
  3. inpファイルの内容を、変換したデータに対して実行します(結果は.outファイルに吐き出されます)
  4. .outファイルの内容を、Rで確認します。

な感じです。

データの変換

dta_info <-  prepareMplusData(test_df , filename= "/Users/Ronri_Rukeichi/Desktop/dt1.txt" , keepCols = c("log_income", "lbr_yr" , "grade_4to5th") )

みたいな感じで、prepareMplusData()関数をつかい、引数keepColsにて分析対象の変数を指定する。

inputファイル(に相当するなにか)をつくる

よく考えたらデータ変換する必要ない。なぜならば、このように、mplusObject()関数をつかうなかで直接指定できるからだ。

cmd_obj <- mplusObject(TITLE = "Regression(OLS)"  , MODEL="log_income on lbr_yr grade_4to5th", rdata = test_df  , usevariables=c("log_income", "lbr_yr" , "grade_4to5th") )

推定

推定計算の実行については、mplusModeler()関数を使う。
構文チェックはcheck = T で、実行の有無はrun(0ならinpファイルやdataを作るだけ、1なら普通に実行、2以上ならブートストラップ)引数で制御する。
modelout引数に、outputファイルの出力先を指定する。

res_mplus <- mplusModeler( cmd_obj  , run = 1 ,dataout = "/Users/Ronri_Rukeichi/Desktop/out1.dat", modelout = "/Users/Ronri_Rukeichi/Desktop/out1.inp", check=T,hashfilename = F)

このとき、注意しなくてはならないのだが、引数dataoutに指定する文字列は.datで、modeloutは .inpで終わらせる必要がある。
そうしないとエラーが出る(内部をみると、setwd()関数の対象がファイルになってしまうようだ)。
また、hashfilename=Fを指定しないと、吐き出されるdatファイルの名前が、長大になる。
またmodelファイル(.inp)と同じディレクトリに、outファイルが吐き出される(あとでつかう)。

結果の確認

結果は主に以下の方法で確認する

# 1: mplusModeler関数の戻り値のobjectから。
print(res_mplus$results$summaries) #サマリ(AICやLLなど)
print(res_mplus$results$parameters$unstandardized) #回帰係数など

#2: Output fileから読み込む。
param_info <-  readModels(target="/Users/Ronri_Rukeichi/Desktop/out1.out")
print(param_info$summaries)
print(param_info$parameters)


これで、RからMplusが使える。

Enjoy!!

He is a genius.

本棚の普段漁らない、奥の部分を見たら出てきた昔のNumberの特集本。

発売時期は、2003年の夏の終わり。
Zicoさんが「日本版黄金のカルテットだZE!」言うてた時期。
以下、戸塚啓氏の小野伸二選手へのインタビューより。

ー そうやってボールを大切にしていくところに、ボールを操る楽しさであったり、コントロールする楽しさがあるんでしょうね。

小野:誰もが難しいと思うことを簡単にできるということが、僕のなかでは楽しみというか、どんなことでも簡単にやっちゃう、簡単にやるということがボールを操る楽しさですね。

ー 簡単なことは?
小野:簡単なことは当たり前にやる。簡単なことが一番難しいですけど、それは当たり前にやらないと次に進まないんで、簡単にできることを当たり前にやれるように努力する。そこからだんだんとステップアップして、難しいことを簡単にやると」

ビジネスでもスポーツでもなんでも、
「みんなが難しいと思うことを簡単にやる」格好よさみたいなのを純粋に突き詰めていく姿勢、欲しいところ。
裏で必死こいて努力すること含め..

Conclusion


フェイエノールト時代の小野伸二 shinji ono play

ジーニアスは柿谷ではない(いや柿谷も好きだけど)、小野伸二だ。

いざ継続教信者に

至言

過去の動画を振り返るお | アゲアゲ☆将棋教室

動画投稿を始めた当初から、将棋実況において極めて大事だと思っていることが2つある。

1つ目は「継続すること」

自分の師匠が将棋道場を何十年もずっと続けている姿を見てきて、そんな師匠をとても尊敬しているしめちゃくちゃかっこいいと思っているし、畏怖している。そんなうしろ姿から、続けることが何より大事と教わった。私は継続教信者である。

アゲアゲさん、アマ王将戦全国大会出場おめでとうございます。

英語をやらなくてはならない

そろそろ苦手な語学から逃げきれなくなってきた。仕事上。
いつ買ったのかわからないが、とりあえずなぜだか以下のテキストが
本棚にあったので、やってみようと思うね。


2010年に発売の本だけど、これいつ買ったんだろう(思い出せない...)
前職にいたときか、それとも学生時代か..

TOEFL TEST対策iBTリスニング

TOEFL TEST対策iBTリスニング

なんかAmazonのレビューが、「TOEFLには難しすぎ」って書いてあってビビるし、
昔近しい人に「あなたは語学のセンスだけは皆無だから無駄な努力はやめたほうがいい」
と言われた記憶があるから剣ヶ峰だが、まぁ1日1UNITで三週間やってみましょう。
それはブログに書くかどうかは気分しだいですがね..

基本的には仕事は(成果物がわかりやすくあるものは特に)
best solutionを見定めてから頑張るほうだが、
語学だけは継続教信者、折田流の本筋でいきましょう。

羽生二冠のジグソーパズル

羽生善治 闘う頭脳」pp.333-334, 沢木耕太郎氏との対談より。
どうやって羽生さんは将棋を研究しているのか?と訊かれた時の応答。

沢木:
今流行している戦型があったとして、あそこでこうじゃなくてああ指したらどうなるのか、ということを考えるわけですか。
羽生:
そうですねえ....。私の場合、何か課題があって、それを解決しているというより....、もちろんそういうこともするんですが、それより、たとえばすごく大きなジグソーパズルがあって、その中に一つピースを置いてみる、ということに近い気がします。
沢木:大海に浮かぶ小舟のように、まっさらなジグソーパズルの台にピースを一つだけおくんですね。
羽生:とりあえず一つ置く。
沢木:とりあえず?
羽生:ええ、とりあえず一つ置いてみて、まあ、見当違いで何の実りもないことが多いんですけど、でも、もう一つ、もう一つ、と置いていくうちに、ときどき「あ、全体像はこういう感じになるんじゃないかな」と分かる瞬間があるんです。


羽生さんが将棋を考える時、ひとつのピースにあたる「思考の単位」は何なのかわからない。

しかしある少数のピースを置いてから、関連のありそうなピースを置いていって、
そこから生まれる意味のネットワークを感じ取る、っていうアプローチはわれわれにもできる筈だ。

沢木:
なんか、それはすごい話ですね。百に一つか、千に一つかわかりませんけど、とりあえず置いた一つのピースから、全体が見えかかることがあるんですね。
羽生:
ええ、途中で消えてしまうことの方が多いですけど。
沢木:
でも、その一つのピースを置くことからすべては始まるんでしょうね。

天才でもない我らが、新しい知を、発見を、生み出すためには、
どういう絵になるかわかっていなくても、ピースを置いていかなくてはならない...

羽生:
つまり、私は、「こういう局面でどうするか」という個別の問題より、全体像としてこんな感じの絵になるんじゃないかなあ、とか、こういう捉え方をすればいいんじゃないかな、と、「考える」というより「捉える」ということをしているときが多いです。


あっ、これは天才だわ(察し)

ハリルホジッチの民主制と敏腕社長アンチェロッティ

監督はひとりじゃできない

ハリルホジッチ体制を、「社長が部下の信頼を失った会社」と評した記事が書かれていてもやもやしていたところ、Number Webで良記事が上がっていた
number.bunshun.jp


(日本の報道では)一般に、サッカーの監督が評されるとき、
そのサッカー哲学・トレーニングメソッド・戦術的引き出し・試合中の采配etc..が、
監督個人の能力に帰せられて俎上にあげられる。

しかし、こういった記事や、現代のトップレベルの監督の手記を読めば読むほど、
「監督ひとりではやれることが限られている」ことがわかる。

なぜならば、現代サッカーでは、フィジカル面・戦術面・技術面やその他もろもろの
専門知を動員しなければ、チームを良い状態に保っておくことは困難を極めるからである。
つまり、選手をうまく使うだけでなく専門知をもつスタッフをうまく使うことまで現代の監督には求められる。

要するに、現在のサッカーの監督ってのは組織経営ができないと話にならない。

ハリルホジッチは独裁ワンマン社長か?

チームハリルの部門構成

なぜNumberの記事がよいと思ったかというと、まずそのタイトルのセンスである。

「皆さんの担当業務って、何ですか?」ってというタイトルは、
現代サッカーにおけるチーム強化が(クラブレベル・代表レベルにかかわらず)、
複数の専門分野に分割された業務の集積として成り立っている状況を、端的に表している。
それは一般企業となんら変わりない。

ハリルジャパン(株)は、以下のような部門構成となっている。

「チーム・ハリル」はコーチ、GK、フィジカル(コンディション)に外国人、日本人が1人ずついて、ペアを組んでいる。各々が専門的な役割をこなしつつも、補完性を持たせて横のパイプを太くしているのが特徴的だ (Number Web 上記事より、以下同)

つまり、以下のようになっている。

コーチ: ジャッキー・ボヌベー&手倉森誠
GK:エンヴェル・ルグシッチ&浜野征哉
フィジカル:シリル・モワンヌ&早川直樹

この人員配置の妙は、長年付き添ってきて自分の哲学・メソッドがよく理解できている外国人スタッフが、
代表の置かれている文脈や日本サッカーや選手の状況に悉知している日本人スタッフとペアを組んでいることにより、
ハリルホジッチの考えが、ハリル→日本人スタッフだけでなく、ハリル→長年連れ添った外国人スタッフ→日本人スタッフという2つの経路で伝達できることにある。

ハリルホジッチ自身のアイディアやメソッドがどれほど素晴らしいものであろうが、
それがうまく伝わらなくてはチームはひとつの生き物にならない。
しかし、ハリルが日本人スタッフにマンツーマンで考えを伝えていくと、
時間制約等もあり、どうしても齟齬がうまれきてしまう(だろう)。

このような人員配置をしておけば、同じ部門で一緒に仕事をするなかで、
ハリルホジッチのやりかたを肌身に感じている外国人スタッフが、
日本人スタッフにより密な形で考えを浸透させることができる。

結局ゲームを行うのは選手だということを考えると、選手からみれば、
(1)ハリル → (通訳)→ 選手
(2)ハリル → 外国人スタッフ → (通訳)→ 選手
(3)ハリル → 外国人スタッフ → 日本人スタッフ → 選手

という3つのルートを通じてハリルの考えが立体的に把握できるようになっている。
※各所でのインタビュー等をみると、さらに隠れた4つ目のルートとして、
(4)ハリル→ 長谷部 → 選手、というラインがここぞというところで機能していることもわかる。

ただし、ここで重要なのは、どの伝達ルートをたどるかによって情報が変容しないかということである。
「ハリルはこういったけどテグさんはこういってたよ」みたいなことが起きると、選手が混乱する。

もし本当に、ハリル政権が「社長が部下の信頼を失った会社」だった場合、混乱は最高潮になるだろう。

ハリル政権は独裁か?

Number Webの記事からみえてくるのは、独裁政権っぽさではなくむしろ、
ハリル社長の勤勉さと部下にたいしての配慮が、むしろ忠誠心の高いチームを醸成させているということである。
※もちろんこんな記事で不満を言うわけない、という考え方もあるがそれは一旦おいておく。

ヴァイッドは私のことも浜野サンのことも信頼してくれています。完璧主義者の彼のニーズに応えるべく、これからも完璧な仕事をしていきたいと思っています。
 ールグシッチGKコーチ

監督は一見、怖い感じのイメージですが、実際にはそんなことはありません。私の意見が採用されなくとも、頭の片隅に残してくれているのもよく分かります。監督とスタッフの結束は強いと感じています。
 ー浜野GKコーチ

監督はスタッフからの意見や提案を好むので、多くの議論を通して監督の考え方をよく理解しておくようにということだと思います。
 ー早川コンディショニングコーチ

このように、ハリルホジッチは下からの意見を吸い上げる民主的な組織運営をしており、
それが実際にスタッフからの信頼に結びついている
ようにみえる。

なによりも、これらの核にあるのは、ハリル自身の献身である。

朝、協会に出勤する前、ジムで会うともう「エージはどうだ? ニシはどうだ? ハヤシは? ヒガシ(東口順昭)は?」と矢継ぎ早に聞いてきます。同じマンションに住む彼の部屋を訪れるといつも誰かの試合をチェックしています。彼は毎日4、5時間しか寝ていないんじゃないかな。
 ールグシッチGKコーチ

経営者アンチェロッティ

蛇足だが、現代有数の監督とされるカルロ・アンチェロッティの著書をよむと、
欧州のビッグクラブの監督が、単なるサッカーの指導者ではなく
高度に専門化・細分化された各部門を束ねる経営者でならねばならないことがわかる。

アンチェロッティの完全戦術論

アンチェロッティの完全戦術論

コブハムにあるチェルシーのトレーニングセンターの監督室は、
大人数のテクニカルスタッフを一堂に集めてミーティングを開くこともできる広々としたオフィスであり、あらゆる最先端の設備が整っていた。
ロッカールームにではなくゼネラルマネージャーのオフィスに隣接しており、財務的な分野を除けばクラブに関するあらゆる情報と機能がコブハムに集中し、監督の手中に委ねられていた。
(pp.164-165)

PSGのテクニカルスタッフは、私のキャリアのなかで最も先端的でかつ有能なチームだった。
メンバーは私が選んだ、従来から一緒に仕事をしてきたスタッフが忠臣だったが、そこに新たに加わったメンバーも含めて、
チームのパフォーマンスを的確かつ効果的に把握しコントロールする可能性を私に与えてくれる、素晴らしい組織だった。

スタッフは、助監督、GKコーチ、フィジカルコーチとそのアシスタント、チームドクターとそのアシスタント、フィジオセラピストという基本ユニットに、GPSデータの収集・分析スタッフ、栄養士、さらに対戦相手のスカウティングとマッチ・アナリシスのエキスパートを加えて構成されていた。

毎日のトレーニングメニューは、練習開始の1時間半前に行われるミーティングで決められた。
参加するのは、ドクター、フィジカルコーチ、助監督、GKコーチ、データ収集・分析の責任者。
(pp.186-187)

もちろん予算規模や活動頻度を考えると、
代表チームには同じだけのものを求めるのは不可能だし適切ではない。

しかし現代のサッカーシーンで勝つことが、おもったより単純な作業ではないことは、上の述懐からわかる。
監督個人を評するだけでなく、銃後の体制をも検討し続けることが、より強い日本サッカーを実現するために必要ではないか。

「ラ・デシマ」を勝ち取るためには、クラブ、テクニカルスタッフ、選手の強い結束と調和が不可欠だ
(p.272)

どんな優秀なアイディアをもっていたってそれだけじゃだめで、現代の監督には組織をうまくまわすための経営手腕が必要なのである

異国アルジェリアの地で奮闘し、W杯16強という成果を残したハリルが、
「社長が部下の信頼を失った会社」をつくるとはどうしても思えない。


Conclusion

小倉体制ってステンリー・ブラードと高校のお友達の日本人コーチとの関係性がわからんかったし、やっぱいろんな意味でだめだったわ。

伝えるべきメソッドも哲学もそもそもなかったけど。