論理の流刑地

流罪に遭い戸惑う世捨人の雑記

「泣き虫しょったんの奇跡」というか渋川清彦の奇跡(監督:豊田利晃)


『泣き虫しょったんの奇跡』本予告

客がいない

出先からの帰りに見た@池袋HUMAX。
公開初日だというのに、めっちゃ空いてて心配になるほどだった。いくら平日とはいえ。
やはり年齢層は50代以上の年配の男性が多い、という感じだ。
将棋ブーム(なのか藤井ブームなのかはさておき)による需要を見込んでの公開だとは思うが、なかなか実際のところは難しいのだろう。
せちがれぇ。

全体的な感想:長いハイライトムービー

予告を見るとまず抱くのは、キャストが豪華である、といった印象である。
妻夫木も早乙女太一藤原竜也RADWIMPSのアイツも出るのかよっていう。
永山絢斗板尾創路までいるじゃん、予算大丈夫かよっていう。
なんかみんな曲者っぽい役だし、もうワクワクがとまらねぇぜ!っていう予告である。

んで、実際に見た後に抱くのは、
「あ、予告でだいたい全部終わってた」感というかダイジェストムービー感である。
いろんな人物が入れ替わり立ち変わり現れては、2-3分で退場していくっていう。
早乙女太一妻夫木聡藤原竜也も、全然彼らがやる必要性も蓋然性もなかった。

早乙女太一がやっているあの変な対局姿勢の奨励会員とか、絶対なんかやってくれるって期待しちゃうじゃん。でもすぐいなくなるもん、そんなんできひんやん普通。

ある人物の半生を2hで描くっていう制約、
しかも①将棋と出会った幼少期、②奨励会時代、③退会後のアマ時代、④編入試験
の4つの時期をそれなりに描かなくてはいけない、という制約があるから大変だったのはわかるんだけど、
90秒の予告を、すべて均等の濃度で2時間に引き伸ばした、という感があった。
もう少し掘り下げて書くところとそうでないところ、濃淡をつけてもよかったのでは。

ラストの対局シーンでの盛り上げ方が、これまでに出会った人の言葉を走馬灯のように流していく、という方法にしか求められなかった点もこのダイジェストムービー感を増幅している。

映画批評をする枠組みも見識もないし技術論も語れないので、
じゃあどこをどうすればよかったのよ!って言われると口をつぐむしかないのが歯痒いところではあるんだが。

将棋を題材にする難しさ:「聖の青春」との比較

豊田監督は元奨励会員であることから、「将棋の面白さを伝える」という意味で、
これまでの将棋映画の監督とは異なる期待を寄せられていた(いる)と思う。

映像化という観点だけでなく普及という点からいっても、
将棋の魅力を将棋をよく知らない人に伝えるのはむずかしい。

ある程度将棋を知っているひとにとってみれば、
たとえば去年の竜王戦第4局渡辺-羽生戦の△6六飛や今年の竜王戦予選5組決勝石田-藤井の△7七同飛成といった手は、
その一手の意味がわかってくるとともに、背筋をゾワっとさせるような興奮や人間の叡智というものを感じさせるような力をもっている。


しかし、将棋をわからない人から見ればそれは、ほかの変哲もない手と同様に、
パチっという駒音とともにひとつ駒が移動したという現象が目に映るにすぎないのである。
(そういった意味で近年の将棋界が、将棋めしや棋士のキャラクター性を全面に押し出すことで、指し手を楽しむのとは違う方向性でのファン=「観る将」の開拓を進めているのは興行的に正しい)


だから映画をつくるにあたっては、どうにかして将棋を指している棋士の対局姿をうまく撮ることで、なんとか魅力を伝えていくしかない。
ただ、その点においても、ダイジェスト・ムービーたる「しょったんの奇跡」は弱いところがあった。
対局シーンが映し出されるシーンは数多くあるものの、ひとつの対局=真剣勝負をじっくり見せるというシーンが皆無に等しかったのが残念であった。
結婚式で流れる新郎新婦の紹介ムービーではないが、どんなに長くても一局は2-3分で終わってしまっていた。


その点は映画としては「聖の青春」のほうがうまくやれていて、
村山-羽生戦における両棋士(というか松ケンと東出昌大)の
鬼気迫る姿をじっくり見せることによって、見る側が「これはただのボードゲームじゃない」と感じられるような真剣味を感じさせることができていた。

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この棋譜NHK杯のものであるものの、羽生と村山が和服で長時間対局するという設定は架空のものであり、この脚色自体については長年の将棋ファンからすれば賛否あるものだったと思う。


この変更点に関して、私は映画としてはアリだが、原作も素晴らしい作品なので否定派の気持ちもわからんでもない、という立場であったが、
映画「しょったん」を見た後に改めて考えて見ると、これはやはり森義隆監督(かあるいは脚本の向井康介)の名采配だったのだ、という印象をもつ。

よかったところ

上述のように映画全体に関しては若干一本調子な印象をもったが、もちろんひとつひとつのシーンや演技、セリフには素晴らしい要素もたくさんあった。

まず、やはり心動かされるセリフがいくつもあったのは良い点だと思う。小林薫扮するアマ強豪の人(名前忘れた)のセリフで、

「人生は負けたら終わりだけど将棋は負けても次の対局がある。敗北も楽しめないと将棋を愛せない」(うろ覚え)

みたいな言葉があったんだけど、なんか沁み入るものがあった。
小林さんの演技がよかったのもあるんだけど、いや人生も同じだよなぁと。敗北も愛せるようにならないとたぶんいい味出せないよなぁと。黒星を積み重ねながら歳をとっていくおっさんとしてはそう思わされた。
あとキャッチコピーにもなっているけど、「負けっぱなしじゃ、終われない」っていうのはシンプルだけど力のある言葉で、やはりあのタイミングで出てくると感動してしまう。

プロ試験にのぞむ瀬川に旧友がかける

しょったんの弱点は、勝つことに慣れてないことだよ
勝つことの喜びを恐れるなよ

という言葉も重みがある。
「勝つことの喜びを恐れない」っていうのは本当に重要な言葉で、もうちょいやれるのに自分にブレーキをかけてしまうことが多くなる齢の自分には刺さるものがあった。

そして何より白眉は、豊川七段(がモデルとなった棋士)を演じた渋川清彦さんのすばらしい演技である。
何を言っているがわからないと思うが本人よりもマンモス感あった。なんというか濃縮還元100%マンモスである。
時折出るダジャレ(「こんばんワイン〜♪」)だけでなく、カラオケではしゃいでる姿や、後輩を暖かく見守る姿、そのすべてが我々の「豊川孝弘」像の理念型みたいなものをうまく表現できていて、個人的にはこの映画のMVPであった。


ってことでおつかれマンモス!


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