論理の流刑地

地獄の底を、爆笑しながら闊歩する

「佐々木、イン、マイマイン」(2020年, 内山拓也監督)


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基本的に劇場で観たもの以外(DVDや各配信サービスが初見の場合)、自分はほとんど一度みた映画を短期間で何度も見返すことはないんだけど、これは2週間弱で3.5回くらいみてしまった。
自分が100回くらい見返してる邦画ってひとつしかないんだけど、この作品も加わるかもしれないなってくらいなんというか色々感じる映画だった。
そういう、何度も思わず折に触れて見返しちゃう映画って、若い頃の感性で摂取したからそういう刺さり方をするんであって、もう良くも悪くも老兵と化した今、もうそういう映画には出会わないのかなって思ってたんだけど、アラサーだからこそ刺さった映画なのかもしれない。主人公とだいたい同年代(自分のほうがちょい上)だし。

色んな創作コンテンツはわりとその場で消費して完結してしまうタイプだけど、あまりにも刺さりすぎたので、順不同で感じたことを書き留めていく。
誰が読むわけでもないんだけど、これから何回も観ることになるのならば、観たばかりの今の時点で感じたことや心のフックにひっかかったことを、アットランダムに書き残しておくことで、そこからの感じ方の変化も含めてこれから長く深く楽しめると思うので。

別の100回くらい見返してる映画は、初見時(15歳くらい)の感想をどこにも書き留めてなくて、「はじめはどう感じてたんだっけ」ってのを知る術がない*1ので、こっちは残しておこうと思った次第。


と、いうことで、「考察」とか「分析」じゃなくて、ただただ感じたことを適当に。印象的なシーン多すぎて、選べないし。

  • 佐々木「悠二、やりたいことやれよ。.....お前は大丈夫だから。堂々としてろ」..は(色んな他の人の感想を観てても)この映画のひとつのハイライトシーンだと思われるし、自分もこの映画を思い出すときにずっと脳裏に浮かぶのだろう。
    • 父子家庭でしかも父にネグレクトされている佐々木が、そこまで深刻じゃないにしても祖母と二人暮らしで色々事情があると思われる悠二に「お前は大丈夫」ということの意味を、映画を観終わってからも考えさせられる。
    • 「お前「は」大丈夫だから」、っていうのは「俺は大丈夫じゃない」ってことの言い換えだっていう指摘を別の場所でみて、それは確かにそうだなとも思ったんだけど、それ以上の願いが込められてるようにも思えた。わかってくれてありがとう、その分がんばれって
    • 自分自身もそれなりに問題がないとはいえない家庭や父親*2のもとで育ったので、自分はまだ大丈夫な悠二の側なのか、それとも佐々木の側に近いのか、みたいなことをぼーっと考え込んでしまった。大人だし、色んな現状や選択を他人や環境のせいにはしたくないし、自分のことは自分で責任もって、大丈夫にしていくしかないんだけど。
  • 冒頭の多田との再会シーンもとても印象的で、観てくうちに印象がかわっていくんだろうと思えた
    • 初見時は、悠二との関係性がまだ観てる側にはわからないこともあって、なんか多田の物言いの刺々しさや偽悪的な振舞いにいろいろ心をざわめかされる
    • でも「XXXとか汚い言葉を俺の前で使うな」って直接言っても関係が壊れない友は、まぁ貴重だよなって二回目からは思える。意外とこういう人のほうがたくましく真面目にやってたりするんだよなー....
    • 「あのとき佐々木コールしてたら..」って悔やむモードに入りかける悠二に即座に「悠二....佐々木、あのまんま、良い顔してたな。だれも、何も、悪くないんだよ」って言えるのは強い。自分だったら、まっすぐ「いやそうじゃなくてさ」..みたいな感じで馬鹿真面目に返しちゃうと思うんだけど、いったん「良い顔してたな」って挟んで、気持ちを立て直す"間"をつくってあげられるのもやさしさだなーと。
  • 終わりが近づいている男女の関係性の描き方みたいなものも、なんかほんとうますぎて、色んな観てる人が色々思いだして「うぐぅぁぁぁ....」「あぁ....」みたいな声にならない声を出したんじゃなかろうか
    • 悠二みたいに「彼女と別れても同棲を続ける」ほどロックな経験*3は流石にないんだけど、(半)同棲していてかなり長く生活時間を共有しているなかで、一方あるいは両方の気持ちが終わりに近づいていることはお互いに伝わっている...みたいな状況のなんともいえなさ、気持ちが相対的に残っているほうの整理の付け方の難しさ、みたいなのは本当に(恐ろしく)よく描かれていたと感じた。
    • 物語中盤でユキ(同棲中の元カノ)が酔って帰ってきて、なしくずしにそうなりそうだったけど必死な悠二がふと顔をあげたらユキが寝ちゃったシーン。悠二が気持ちを落ち着かせるためにたばこを吸おうとするんだけど、マッチが切れてて、しょうがなくキッチンのガスコンロでつける..しかもそこで画が引きになってサマにならないトランクス姿で佇んでる悠二が映されるのがなんか哀しくも笑ってしまった。未練が捨てきれない男って端から見ればこんなもんですよね...でも本人はそれなりに何か真剣に起きないかと願っているんですけどね...と。煮え切らなさこそが人生だ......煮え切らなさこそが人生だけど、冷静に考えたら次いった方がいい(けど難しい)。
      • なんというかあの2人の部屋の荒み切ってはないけど、華やかではなくちょっと澱んだ感じとかも絶妙で、この映画の美術さんにもシネマドリでそこらへん語って欲しい感があった
    • 最後に悠二が別れの決意を伝えるシーンで、ユキは「私もずるい女だったよ(大意)」みたいなことを言ってて、まぁ実際そういう感じはそこまでの各シーンからは看取できるので、ここで「女性はしたたかや~」みたいな一般論に持っていくこともできるんだけど、それよりは単純に生活時間を多く共有した人と別れるのって大変なんだよなぁ、という種の印象を持った。コンコルド・エフェクトじゃないけど、単純に今あるものを手放すのって人間できないじゃないですか。変化って怖いじゃないですか。
  • 自分は映像論・映画論みたいなものやその枠組みを勉強しているわけじゃないので、ほんと素人感想でしかないんだけど、光(と影)のつかい方がうまいと感じた。
    • 街で喧嘩して帰ってきた悠二が佐々木のことをユキに話して、ユキに「そんなに楽しそうに話すの久しぶりだよ」と言われたときに朝陽が射しているシーン
    • 多田が車中で「佐々木、あのまんま、いい顔してたな」って助手席から振り返りながら話す上述のシーンでの、多田の顔の半分だけに光が当たっている感じ
    • 父親を一人で待つ高校時代の佐々木の家の、どうしようもないほどの光のなさ
    • それでも父親と関わりたくて、せがんでカスタムロボ*4の対戦をしてもらうシーンの、ただTV画面の発光する色だけが点滅しながら佐々木と父親の顔を照らしている感じ
  • 何より、悠二が木村家で赤ちゃんを抱かせてもらったときに涙が止まらなくなったシーン
    • 自分も2-3年前に親友の生まれたばかりの赤ちゃんを抱かせてもらったときに気が付いたら涙が出てきちゃったことがあって、悠二が他人に思えなかった。
    • 「悠二がなぜ涙を流していたのか」については、明示的に作中で語られてないからこそ本当にいろんな解釈があって(タマフル(今はアトロクか)の映画評とか、他のブログの解釈とかも読んだ)、解釈の可能性自体が開かれているのがこの映画の良いところだよな、と思った
  • 藤原季節さん(悠二役)と細川岳さん(佐々木役)が本当に素晴らしい俳優だった
    • 佐々木コールができなかったあのシーン、細川さんの演技が絶妙で、どうしようもないつらさを明るさで隠そうとするけど、それでも慟哭してしまいたくなるような悲しみに耐えきれなくなっていく佐々木の表情や声色をこれ以上なく形で伝えていた。あれがあるからこそ、そのあと俯いたまま涙を流す悠二が映されたときに心を揺さぶられるわけで。
    • 作品全体を通して、同性ながらに「藤原さんの顔の綺麗さがすごい」と感動しながら観ていた。学ラン来たらちゃんと高校生に見えるし。
    • 積極的に何かを伝えようとするわけでもなくて、基本的には繊細でさまざま鬱屈を抱えながらもがいている、悠二という人物が(物語中盤で舞台の監督に言われる)「不器用でできなくて何がだめなの?」とそれでも前を向こうと歩き始めるようになるまでの様を演じるのに、本当にこの藤原さんの配役は最高だったと思う。彼の出る作品はこれからも観てみたい
  • なんか人生めっちゃ順調やわー、みたいな人よりかは、(深刻度に濃淡はあっても)難しい状況に置かれている人こそ、滋味深く感じられる作品なのかな、と思う。少なくとも自分にはそう映った。
    • この映画を観た人ひとりひとりに対して、各々の人生で出会ってきた佐々木的存在(あるいは佐々木そのものに)に、「もう大丈夫だし、堂々としてるよ」と言えるようになるためにもう一度頑張ろう、と思わせてくれる作品なのかな、とも。
    • 40になったとき、50になったとき、あるいは人生の終局に差し掛かったときにこの作品を観て何を感じるんだろうか。


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Enjoy!

*1:なんか部活の練習試合ですごい落ち込むことがあって、友達に泣き言言いながら帰って、それでも気が晴れなくってなんとなく家からでてふらふら自転車で何も考えずうろうろしてて、ふらっと入ったレンタルDVD屋に立ち寄って借りて見た..みたいなどうでもいいことばかりおぼえてる

*2:何も悪びれず息子の骨をへし折ったりとか。「骨折り損のくたびれ儲け」という言葉を自分以上に身に染みて感じている人間はそこまでいないのではないか

*3:いや、自分が勝手にそう思ってるだけで今の若人はそれが普通なのだろうか。老兵にはわかりません

*4:なつかしすぎる。64 Switch Onlineでくるって言われてずっと楽しみにしているのにそれから一年が経ちそうなんだが...