論理の流刑地

地獄の底を、爆笑しながら闊歩する

善教将大(2018)『維新支持の分析:ポピュリズムか、有権者の合理性か』

  • なんか何もやる気が出なくて(←こういう表現自体自体が本当に精神的未熟さを反映しているので使うべきではないのだけれど*1)、ふと本棚に大量にある積読の中の一冊と目が合ったので、読んだが面白かったのでメモ。
    • なぜこの本を買ったのか、そもそもいつ買ったのかを全く覚えていないが、政治学の門外漢にもわかりやすい書だった。たいそうな賞を受賞しているのも納得できる。
  • 雑駁に言ってしまえば、維新の「成功」(←2010年代初頭の大阪における支持の獲得・定着)と「失敗」(←特別区設置住民投票における大敗)の双方をデータから学術的に説明しよう、という書。
    • 答えを先にいうと、「成功」の原因は威信が"「大阪」の代表者"という政党ラベルを獲得・定着できたこと、「失敗」の原因は十分に情報が与えられた(→選択的接触の度合いが低くなった)環境下での有権者の批判的志向だとしている。
      • 浅学にして「政党ラベル」という語をはじめて知ったのがだが、政治学(の政治行動論)だと結構ポピュラーな概念っぽい。平たく言うと政党のブランディングの結果獲得したイメージ、みたいな感じだろうか
    • いずれの説明にも、市民を盲目なポピュリズムの追従者とせず、一定の「合理性」をもったアクターとして捉えているところにこの本の特徴がある。あんまり学者も上から目線でばっか見てんなよっていうロックさを感じる(適当)

MEMO(アットランダム)

  • 著者の基本的なスタンスについて:「自身の印象を吐露し、有権者を動員対象としてしか扱わない「ポピュリズム」概念の使用にはそろそろ終止符を打つべきである」(p.254)
    • 背景として、維新(やそれ以外の「ポピュリスト」「ポピュリスト政党」)に関する先行研究について、供給側視点(政党や政治的リーダーの動員戦略に焦点化)と需要側視点(有権者の意識や行動=ポピュリストに扇動・影響されているのかの検討)があるはずだが、前者のアプローチがばかりが目立ち後者が抜け落ちていることへの問題意識が語られている
      • 大衆社会という認識は、ある意味で供給側の視点にばかり立ち、維新政治を説明し続けてきたことの必然的な帰結」(p.46)
      • ポピュリズム論の枠組みに立脚する論者は、維新支持者をポピュリストに操作されやすい阻害された「大衆」とみなす。これに対して本書は、維新支持者は「合理的」かつ自律的な意思決定主体であることを軸に、維新が支持される理由、そして住民投票が反対多数となった理由を説明する。その意味で本書は、ポピュリズム論の立場から維新政治を論じてきた多くの議論に対する、正面からの挑戦状である」(同頁)
  • 「海外のマスメディアに「ポピュリズムに抵抗できている日本」と評される」(p.76)ことがあるらしい。へぇ、なんか直感的にあんまりそうは思えないんだけど比較論的な視座だとそういう見方もなくはないか。Financial Timesとかにそういう記事があったりしたとのこと。
  • 「分析結果を先取りして述べれば、有権者の党派性との関連でいうと、もっともポピュリストとしての特徴をもつ政党は維新でも自民党でもなく共産党である」(p.83)がはえーってなった。ポピュリズムって割と新自由主義的な潮流と絡められることも多いけど、そこにNOを言ってる政党の支持者がポピュリズム迎合的である、というのはおもしろいデータだ。
  • ポピュリスト態度をどういう形で測定するのかについては、Agnes Akkermanさんという先達がいるらしく、下位次元として①人民主義②多元主義③エリート主義、に対する肯定⇔否定の度合いが用いられることが多いとのこと。人民主義は人民vsエリートみたいな見方で政治を捉えているかどうかで、多元主義は多様な価値観や異議への配慮を是とするか否かで、エリート主義は「政治であれ民間であれ、一部のエリートによって導かれる社会をどうみるかに関する態度」(p.82)とのこと。
    • 若干読んでてひっかかりがあったところとして、維新支持がポピュリスト態度と相関するなら、「彼らは人民主義度が高く、多元主義度は低く、エリート主義度は高いということになるだろう」としたうえでデータではそうじゃなかったと示されているけど(pp.87-89)、えっそういう仮説は自明なの?と思ってしまった。人民主義度とエリート主義度が両方高いって、平たくいえば「一般市民(あるいは"大衆")の意を汲んだ一部の選良が政治(や経済)を導くのを是とする」ような状態になるけど、わりとそれって複雑な状態では。※シンプルに「政治を我らの手に取り戻せ!」って言ってる人たちは違うってことになるが、確かにポピュリズム迎合的な人たちには政治家に流されないといけないので、尺度的には合っているっぽいのか...(?)
    • 維新支持層は、上記3次元のうちエリート主義には肯定的で、多元主義度も高めの層が多いとのこと、ただしそもそもが各尺度について「党派性の間の差はそれほど大きくない」(p.88)。自民党支持層が人民主義に否定的なのとかは、むべなるかなという感じである。
    • でもp.91のmultinomial probitの係数値をみると、前述の共産党支持者を含め、主要な統制変数を加えた分析では維新支持層も他党の支持層もいわゆる「有意」なポピュリスト態度の傾向性は無いように見える(例外として自民党支持者の人民主義嫌いは明確に残存するが)。
    • ということで、「党派性とポピュリスト態度には明確な関連がない」(p.91)というのが穏当な現代日本に対する理解ではなかろうか。ゆえに、「維新支持者はイデオロギーとしてのポピュリズムを支持する有権者集団ではない」(p.97)
  • p.94で、OLSの結果から政治家不信が、ポピュリスト態度のうち人民主義・エリート主義とsignificantな正の関連をもつのが、先行研究と整合的であるとされているのだが、素人目線だとわりとそれ自体が面白かったりした。政治化不信なのにエリート主義を支持するってことは、彼らの頭のなかでは「政治家」と「エリート」は違うところに分類されているってことだよな。なんかあんまり詳しい考察とはできないけどおもろいな。いっぽうで多様性への尊重も高くなるのは、既存のポピュリズム研究とは合わないとのこと。へぇ。
  • おなじ分析で、地元利益志向が三つのポピュリスト態度と強く関連していることも興味深かった。「ポピュリズムは人民による統治という意味ではデモクラシーの「光」であるが、他方で排他的な志向性を強めるという「影」におなりうる」(p.95)
  • ランダム化無作為実験のデータを対象とした第四章について
    • 一般的傾向として、有権者は支持する政党を全国的な利益とみなして、不支持政党について地域偏重的とみなす。それは維新支持者以外には共通する傾向だが、維新支持層だけは維新以外の政党のほうを全国的な利益を代表する政党と認識する(p.104)
    • ただし、維新支持者についても通常の調査だと維新について地域偏重性が高いとは回答しない。これは調査における社会的期待迎合バイアス(SDB, social desirability bias)があるためで、そこでランダム化実験の必要性が説かれている
    • 維新の党方針や政局などについて異なる仮想状況を提示したvinetteを提示してコンジョイント分析すると、公務員削減や重要視する政策は影響がなく*2、党首と議員定数の影響が大きかった。また、大阪の政党であることも有意な影響がある(←「維新の地域偏重性が維新支持の規定要因として重要であるという、本書の仮説を支持する結果」p.117)
    • 社会階層の主観的認識による因果効果の異質性を検討したところ、「階層により各要因の効果が大きく異なることはない」(p.118)ということがわかった。ゆえに、社会構造における阻害がポピュリズムの前提条件とするような見方については否定される*3
    • 現支持政党が維新/非支持に分けて効果の異質性を検討したところ、支持者のほうが各要因の影響を受けやすいことがわかった(具体的には党本部の場所や関西議員の割合、議員定数や党首など)。これは「維新不支持者の態度がきわめて強固であることを示す結果であると同時に、維新支持者は、条件次第で維新を支持しなくなることを示す結果」(p.122)とのこと
    • 先行研究で支持されてきた公務員不信の効果は確認できなかった
    • 全体として「維新は「大阪」の代表だから支持されているという仮説ときわめて整合的」(p.123)
    • 「本章が明らかにしたのは、有権者、あるいは大阪市民・府民は維新を自らの地域の集合的利益の代表者とみなしていること、それゆえに維新を支持しているという単純な事実」(p.124)で、それはきわめて単純な合理的意思決定の帰結、と結論づけられる。
  • conjoint分析を用いた方法論の文献としてHainmuller et al.(2014)※URLが挙げられている。いつか読みたい
  • 「日本人の政党支持と投票行動の関連はそれほど頑健ではない。さらに言うと日本の有権者は、政党ラベルを政治的な意思決定の際の手がかりとして常に用いるわけではない」(p.126)
  • 既存の国内の実証研究の紹介で、支持対象ではなく「不支持対象」の選択の手がかりとして、日本においては政党ラベルはより機能しているという話が出ていてなるほどと思った(p.128-9)。何を言ってても自民党に入れないとか、どういう政策でも共産党に入れない、みたいなのは確かにわかりやすいというか。
  • 中選挙区以上だと政党ラベルはあまり機能しにくく、小選挙区制(1人しか当選できない)だと機能しやすい...ので、国政における小選挙区比例代表並列制はその意味でも大きかったの事。
  • いっぽう、基本的に地方選挙では中選挙区制なので候補者が個人としての差別化に走りやすい誘因があるし、そっちのほうが合理的である。なのになぜ維新の政党ラベル訴求戦略がうまくいったのか?という形の問いの出され方があって、書き方としてうまかった(誰目線なんだい)
    • 答えとしては、「維新の候補者が選挙において自らの個性をアピールしない理由は、党首ないし橋下効果の強さと、当選・再選確率が高くない候補者が多いからという2点に求められる」(p.132)
  • マジで内容関係ないけど例のNNMRさんの事件(?)を「号泣県議事件」と表記してて、ボカしたら逆におもろい表現になってしまってるパターンで3分くらいツボに入ってしまった
  • 維新支持層は政党ラベルの効果が自民支持層や無党派層よりも大きい、というサーベイ実験結果が興味深い(pp.136-138)
  • 6つのプロファイルを提示して好ましい候補者を選ぶコンジョイント実験において、政党ラベルは「どちらかというと「投票すべき対象」を選択する場合ではなく「投票を避けるべき対象」を選択する際の手がかり」という結果が出ていたのが面白かった(pp.144-145)。好きより嫌いの感情の方がつよいのだ。
  • 特別区設置に関する分析(6-8章)について
    • 二つ目の問いである「なぜ特別区設置住民投票で維新は敗北したのか」について、一般的な説明(シルバーデモクラシー説や、中心-周辺問題説)やポピュリズム論では敗因を説明できないことをデータから示したうえで、新たな主因(?)として有権者の批判的志向による説明という新説を提示・検証していく
    • 6章では住民投票当時の、都構想に関する市民の知識保有状況を検証している。党派性による選択的接触の影響は大きくなく、維新支持 or 不支持にかかわらず市民の理解は比較的高い水準の状態で政治的選択が行われていたことが示される
    • 7章では都構想反対派から主張されていた投票用紙のフレーミング効果について、厳密なサーベイによる追試を行っている。投票用紙の表題によって賛成の意向が増えるようなことはないという結果が得られ、反対派が(エビデンスなしで)主張したような市民の「操作」は現実味が低い
    • 8章では、批判志向性が反対への投票と有意に関連していたことと、維新支持者においてその批判的志向性の高い者が多かったことから、維新支持者の一部が批判的志向ゆえに反対票を投じたことを「敗北」の要因として同定している
      • 批判的志向の指標化としては、三浦・楠見(2014)を参考にしつつ、5つの質問文に探索的因子分析を適用して、「判断の慎重さ」と「マスコミ懐疑」の二次元を取り出している。前者が住民投票における「反対」投票に効いていた
  • 総評というほどでもない雑感
    • 著者が終章で怒りの感情をあらわにしながら他の(全員ではないが)ポピュリズム論にまつわる言説や研究における「地道な実証」の欠如を論難しているところ(pp.223-224)からもわかるように、地道な実証を積み重ねていくという姿勢が非常に好ましく思える。政治行動論の全体的な風潮に関しては何も知らないんだけど、こういう本を読んで自分も!ってなる人が多くなればいい感じに発展するのでは
    • 正直あまり政治に興味が持てない(怒られろお前)で生きてきたこともあり、地方政治と国政における党内での乖離とかは恥ずかしながら知らなかったし、中(・大)選挙区制と小選挙区制における候補者からみたアピール戦略におけるインセンティブの違いとか、恐らく基礎的な知識であるだろうことまで含めてとても勉強になった。いい本。
    • 終章の最後(pp.226-227)で、「大阪市民は「大阪」の代表者を、利用可能な手がかりを用いて選択していたに過ぎない。問題があるとするならばそれは有権者の側ではなく、有効な政党を形成することに失敗した「政治」の側にある」と述べたうえで、著者は「「市民」により支えられている日本の民主主義は、まだ信頼してよい制度である」と締める。
      • たぶん結論だけ読んだらoptimisticすぎるように思えちゃうんだろうけど(実ははじめに結論から読んでそう思った)、一冊読み通してここに辿り着くと、ポピュリズムについて無責任に語ってきた「有識者」たちがあまりにもこれまで軽率に「市民」の側に帰責してきたことへの怒りの表明でもあるのだ、と感じた。
    • この本の実証パートは二つのメインクエスチョンに対応して3-5章/6-8章に二分されるけど、個人的には前者のほうが面白くよめた。特に興味深く感じたのは、同一(独立)変数の効果について、①支持者にとっての「支持する理由」への効果②不支持者にとっての「支持しない」理由への効果、を分けて推定していることである。こういうアプローチはこれまであまり見たことがなかった。ATT/ATCとも似ているが、あれは処置変数の水準によって因果効果の推定対象を変えるものなので、結果変数(厳密には結果変数そのものではなく、仮想的な候補者への投票意向だったりで巧妙な「ずらし」があるんだけど)で水準を区切って変数の効果の差異を検出して知見につなげるっていうのは、面白いなぁと。
      • 自分の仕事に引き付けてもう少し一般的な言い方にかえると、分析の焦点となるKPI(アウトカム)があるときに、そのアウトカムの水準によって各変数の効果が「変わりうる」とみることによって成立する問いもあるよなぁって話でした。この本だと、支持者と不支持者における変数の効き方の違いを、支持の安定性・不安定性のハナシにつなげているのがうまいところであって。ここらへんのセンスが私にはないので、手数あるのみである。



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Enjoy!!

*1:桜井さんも最近の動画で、「とにかくやる」が誰でも使える唯一で最大の解決方法と仰っていた。真理だ。

*2:政党を選ぶのに政策が影響ないって何気にヤバいんじゃねーかと読みながらツッコんだがスルーされている。そういうもんか、現実

*3:これについては主観指標なのがよくないと思う、正直。世帯 or 個人年収を使うべきかな