論理の流刑地

地獄の底を、爆笑しながら闊歩する

ハリルホジッチの民主制と敏腕社長アンチェロッティ

監督はひとりじゃできない

ハリルホジッチ体制を、「社長が部下の信頼を失った会社」と評した記事が書かれていてもやもやしていたところ、Number Webで良記事が上がっていた
number.bunshun.jp


(日本の報道では)一般に、サッカーの監督が評されるとき、
そのサッカー哲学・トレーニングメソッド・戦術的引き出し・試合中の采配etc..が、
監督個人の能力に帰せられて俎上にあげられる。

しかし、こういった記事や、現代のトップレベルの監督の手記を読めば読むほど、
「監督ひとりではやれることが限られている」ことがわかる。

なぜならば、現代サッカーでは、フィジカル面・戦術面・技術面やその他もろもろの
専門知を動員しなければ、チームを良い状態に保っておくことは困難を極めるからである。
つまり、選手をうまく使うだけでなく専門知をもつスタッフをうまく使うことまで現代の監督には求められる。

要するに、現在のサッカーの監督ってのは組織経営ができないと話にならない。

ハリルホジッチは独裁ワンマン社長か?

チームハリルの部門構成

なぜNumberの記事がよいと思ったかというと、まずそのタイトルのセンスである。

「皆さんの担当業務って、何ですか?」ってというタイトルは、
現代サッカーにおけるチーム強化が(クラブレベル・代表レベルにかかわらず)、
複数の専門分野に分割された業務の集積として成り立っている状況を、端的に表している。
それは一般企業となんら変わりない。

ハリルジャパン(株)は、以下のような部門構成となっている。

「チーム・ハリル」はコーチ、GK、フィジカル(コンディション)に外国人、日本人が1人ずついて、ペアを組んでいる。各々が専門的な役割をこなしつつも、補完性を持たせて横のパイプを太くしているのが特徴的だ (Number Web 上記事より、以下同)

つまり、以下のようになっている。

コーチ: ジャッキー・ボヌベー&手倉森誠
GK:エンヴェル・ルグシッチ&浜野征哉
フィジカル:シリル・モワンヌ&早川直樹

この人員配置の妙は、長年付き添ってきて自分の哲学・メソッドがよく理解できている外国人スタッフが、
代表の置かれている文脈や日本サッカーや選手の状況に悉知している日本人スタッフとペアを組んでいることにより、
ハリルホジッチの考えが、ハリル→日本人スタッフだけでなく、ハリル→長年連れ添った外国人スタッフ→日本人スタッフという2つの経路で伝達できることにある。

ハリルホジッチ自身のアイディアやメソッドがどれほど素晴らしいものであろうが、
それがうまく伝わらなくてはチームはひとつの生き物にならない。
しかし、ハリルが日本人スタッフにマンツーマンで考えを伝えていくと、
時間制約等もあり、どうしても齟齬がうまれきてしまう(だろう)。

このような人員配置をしておけば、同じ部門で一緒に仕事をするなかで、
ハリルホジッチのやりかたを肌身に感じている外国人スタッフが、
日本人スタッフにより密な形で考えを浸透させることができる。

結局ゲームを行うのは選手だということを考えると、選手からみれば、
(1)ハリル → (通訳)→ 選手
(2)ハリル → 外国人スタッフ → (通訳)→ 選手
(3)ハリル → 外国人スタッフ → 日本人スタッフ → 選手

という3つのルートを通じてハリルの考えが立体的に把握できるようになっている。
※各所でのインタビュー等をみると、さらに隠れた4つ目のルートとして、
(4)ハリル→ 長谷部 → 選手、というラインがここぞというところで機能していることもわかる。

ただし、ここで重要なのは、どの伝達ルートをたどるかによって情報が変容しないかということである。
「ハリルはこういったけどテグさんはこういってたよ」みたいなことが起きると、選手が混乱する。

もし本当に、ハリル政権が「社長が部下の信頼を失った会社」だった場合、混乱は最高潮になるだろう。

ハリル政権は独裁か?

Number Webの記事からみえてくるのは、独裁政権っぽさではなくむしろ、
ハリル社長の勤勉さと部下にたいしての配慮が、むしろ忠誠心の高いチームを醸成させているということである。
※もちろんこんな記事で不満を言うわけない、という考え方もあるがそれは一旦おいておく。

ヴァイッドは私のことも浜野サンのことも信頼してくれています。完璧主義者の彼のニーズに応えるべく、これからも完璧な仕事をしていきたいと思っています。
 ールグシッチGKコーチ

監督は一見、怖い感じのイメージですが、実際にはそんなことはありません。私の意見が採用されなくとも、頭の片隅に残してくれているのもよく分かります。監督とスタッフの結束は強いと感じています。
 ー浜野GKコーチ

監督はスタッフからの意見や提案を好むので、多くの議論を通して監督の考え方をよく理解しておくようにということだと思います。
 ー早川コンディショニングコーチ

このように、ハリルホジッチは下からの意見を吸い上げる民主的な組織運営をしており、
それが実際にスタッフからの信頼に結びついている
ようにみえる。

なによりも、これらの核にあるのは、ハリル自身の献身である。

朝、協会に出勤する前、ジムで会うともう「エージはどうだ? ニシはどうだ? ハヤシは? ヒガシ(東口順昭)は?」と矢継ぎ早に聞いてきます。同じマンションに住む彼の部屋を訪れるといつも誰かの試合をチェックしています。彼は毎日4、5時間しか寝ていないんじゃないかな。
 ールグシッチGKコーチ

経営者アンチェロッティ

蛇足だが、現代有数の監督とされるカルロ・アンチェロッティの著書をよむと、
欧州のビッグクラブの監督が、単なるサッカーの指導者ではなく
高度に専門化・細分化された各部門を束ねる経営者でならねばならないことがわかる。

アンチェロッティの完全戦術論

アンチェロッティの完全戦術論

コブハムにあるチェルシーのトレーニングセンターの監督室は、
大人数のテクニカルスタッフを一堂に集めてミーティングを開くこともできる広々としたオフィスであり、あらゆる最先端の設備が整っていた。
ロッカールームにではなくゼネラルマネージャーのオフィスに隣接しており、財務的な分野を除けばクラブに関するあらゆる情報と機能がコブハムに集中し、監督の手中に委ねられていた。
(pp.164-165)

PSGのテクニカルスタッフは、私のキャリアのなかで最も先端的でかつ有能なチームだった。
メンバーは私が選んだ、従来から一緒に仕事をしてきたスタッフが忠臣だったが、そこに新たに加わったメンバーも含めて、
チームのパフォーマンスを的確かつ効果的に把握しコントロールする可能性を私に与えてくれる、素晴らしい組織だった。

スタッフは、助監督、GKコーチ、フィジカルコーチとそのアシスタント、チームドクターとそのアシスタント、フィジオセラピストという基本ユニットに、GPSデータの収集・分析スタッフ、栄養士、さらに対戦相手のスカウティングとマッチ・アナリシスのエキスパートを加えて構成されていた。

毎日のトレーニングメニューは、練習開始の1時間半前に行われるミーティングで決められた。
参加するのは、ドクター、フィジカルコーチ、助監督、GKコーチ、データ収集・分析の責任者。
(pp.186-187)

もちろん予算規模や活動頻度を考えると、
代表チームには同じだけのものを求めるのは不可能だし適切ではない。

しかし現代のサッカーシーンで勝つことが、おもったより単純な作業ではないことは、上の述懐からわかる。
監督個人を評するだけでなく、銃後の体制をも検討し続けることが、より強い日本サッカーを実現するために必要ではないか。

「ラ・デシマ」を勝ち取るためには、クラブ、テクニカルスタッフ、選手の強い結束と調和が不可欠だ
(p.272)

どんな優秀なアイディアをもっていたってそれだけじゃだめで、現代の監督には組織をうまくまわすための経営手腕が必要なのである

異国アルジェリアの地で奮闘し、W杯16強という成果を残したハリルが、
「社長が部下の信頼を失った会社」をつくるとはどうしても思えない。


Conclusion

小倉体制ってステンリー・ブラードと高校のお友達の日本人コーチとの関係性がわからんかったし、やっぱいろんな意味でだめだったわ。

伝えるべきメソッドも哲学もそもそもなかったけど。