松林哲也, 2023, 『何が投票率を高めるのか』有斐閣
twitterでたまたま見かけて興味がわいてよんだ。
MEMO
1章:何が投票率を高めるのか?
- 国際的にみて、日本の国政選挙における投票率は高くない(たとえば2020年以降の国政選挙に着目するとドイツや韓国は8割弱だが日本は5割)
- 本書の目的:個人属性ではなく環境要因(制度や政治環境など)の効果に着目して、投票率向上を促す要因をさがす。
- 政治環境・制度環境のもつ効果を考える時に、「ベネフィットとコスト」という概念への着目がカギとなる
- 選挙という民主的手続きに参加する満足感
- 自分が好む政策を実現する政党・候補者が勝つことで得られる物質的・非物質的利益
- 選挙の接戦度(接戦なほど1票の価値がます)
- 「投票行動のパラドックス」(自分の1票が選挙の結果を変える確率はほぼゼロ、にもかかわらず多くの人が投票に行く)の説明要因して、1の「(投票という)民主的手続きに参加することによる満足感」が着目される
2章:投票所が近いと投票に行く?:投票所と投票参加
- 日本は(期日前投票という例外を除けば)「投票日当日投票所投票主義」の国
- 人口あたりの当日投票所数は時代とともにかなり減っている(1960年には1万人あたり8つ→ 2021年衆院選で4.5)
- 都道府県別にプロットすると、選挙当日投票所数と期日前投票所数は負の相関関係にある
- 分析枠組み
- 当日投票所数減によるコスト増と、期日前投票所数増加によるコスト減の効果をさぐる
- 2014/2017/2021の衆院選が分析対象
- fixed effectを含めた回帰モデル(人口による重みづけ済)
- Outcome: 投票率
- Predictor: 対数変換後の1万人あたり選挙当日投票所数・10万人あたり期日前投票所数
- 統制変数:人口構成の変化(人口規模&65歳以上人口)
- 当日/期日前投票者数が選挙率にたいして与える影響の分析結果
- 10万人あたり期日前投票所数がひとつ増えると投票率が0.16%ポイント増える(統計的有意)
- 1万人あたり選挙当日投票所数がひとつ減ると投票率が-0.51%ポイント減る(統計的有意)
- 面積の大きい地方ほど当日投票者数が大きく減少し、期日前投票所を増やしているが、おそらく後者の設置がおいついていないことが投票率低下につながっている可能性
- 筆者は郵送での投票等も考慮する価値があると提言
3章:「投票日、雨の予報」は投票率に影響する?
- 投票コストへの影響を通じて、天候は影響をあたえる可能性がある
- 近年で天候が悪かったのは2017/10/22の衆院選だったが、実は直近にくらべて投票率があがっている
- 事前に台風接近がわかっていたため、投票タイミングをずらした可能性
- 二回のタイミングに分けてベネフィット・コスト判定をする場合、「前もって投票できるという制度設計」をすれば投票率があまりかわらない可能性がある(pp.54-56)
- 分析枠組み
- 午前集中仮説:選挙当日の午前と比べて午後に降雨量が多かった地域では午前中に投票する人が増える
- 期日前投票期間集中仮説:期日前投票期間のラスト4日と比べて選挙当日に降雨量が多かった地域では期日前投票期間中に前もって投票するひとが増える
- 利用データ:2014/17年の衆院選の自治体別のデータ(投票率&降雨量)
- 統計分析の枠組み:いわゆる「差の差」の分析
- 「2017年の午前投票率- 2014年の午前投票率」に対して、「2017年午後午前の降雨量差 - 2014年午後午前の降雨量差」が有意な影響をもつかをみる、ということ。
- 分析結果:ふたつの仮説とも統計的に支持された
- ちなみに、65歳以上人口の多い自治体ほど「悪天候が予想されたときに、前もって投票する」傾向が顕著
4章:投票啓発活動は投票率向上に効果的?
- 投票をよびかけるメッセージを発信することの効果を検証する意義
- 近年の国政・地方選挙における低投票率への打ち手としての検証の意味
- ポスターなどによる発信が人的・金銭的コストに見合うかどうかの検証の意味
- 総務省が衆院選のときにポスターを作成・配布する理由
- 公職選挙法第6条第1項で選挙についての常時啓発の義務/選挙実施前の臨時啓発、を国・自治体に義務付けているため
- 分析枠組み:フィールド実験
- 2021年衆院選での新有権者(豊中市の18-20歳の若者2241人)が対象
- 投票を呼びかけるメッセージを調査対象者にランダムに割り当てて、介入群vs対照群の差を分析する
- 新有権者への啓発物郵送資料の封筒の表面に、3種類の異なるメッセージを記載したステッカーを貼る
- 介入群1:「前回の衆院選では、あなたと同じ18歳と19歳の有権者963,009人が投票しました。ぜひ投票に行きましょう!」
- 介入群2:「投票に行って、社会の未来を決めるメンバーになりましょう!」
- 対照群:「ぜひ投票に行きましょう!」
- 分析結果:有意な差は見いだせず
- Rogers et al.(2018, ”Social Mobilization", Annual Review of Psychology, vol69)が提唱する5つの投票啓発の成功条件PANIC
- Personal(個人にむけた)→個人同士のやりとりのほうが促進効果高い
- Accountable(責任を負う)→投票にいったかどうかを可視化した方が効果高い
- Normative(規範的)→社会的な望ましさを認識させたほうがよい
- Identity relevant(社会・自己認識と関連する)→当人が帰属意識を高く感じるようなグループにとっての重要性を認識させる
- Connected(つながり)→ もともと関わりのある人の呼びかけは効果が高い
5章:なぜ地方で投票率が高いのか?
- 都市と地方には根強い投票率格差が存在
- 1990年終わり頃までは安定して10%ptほどの格差が町村部と市区部の間に存在した
- ただし2010年代には縮小している(4~6%pt差に)
- 2つの問いが生まれる
- Q1:なぜ地方部と都市部に投票格差があるのか?
- Q2:なぜ近年は投票率の地域格差が縮小傾向にあるのか?
- 投票率の地域格差に関する従来的な説明に関して(p.97)
- ネットワーク仮説:地方の有権者は社会的ネットワークへの所属率が高いので働きかけや社会的規範の影響が強くなる
- イベント感仮説:「地方部では選挙を地域イベントとみなす参加文化が存在し、選挙期間中に選挙のムードに人々が引き込まれていく可能性」
- 地域格差縮小に関しての学歴バイアス仮説:都市部のほうが大卒者が多いが、学歴による投票率差や地域間進学率差が高まったことで、地域間格差が縮まった
- 議員定数配分が投票率に影響を及ぼすメカニズムについて
- ベネフィットの差:選挙区内の人口が少ないほど、議員が選挙区に持ち帰る利得の配分度合いが大きくなる
- 選挙活動の(効果)差:有権者あたりの議席数が多いほど、選挙活動に接触する機会が多くなる
- 投票参加の影響力差:有権者あたりの議席数が多い地方のほうが、1票の価値を大きく有権者がみつもりやすい
- 1994年の公職選挙法の前後の選挙(1993/96衆院選)を比較し、議席数の増減と投票率の増減の関係をみると、確かに相関関係がみられる
- 「選挙制度改革を通じて議員定数の不均衡が是正されたことで、主に地方部の投票率が減少し、その結果、都市部との投票格差が縮小したと推測できる」(p.112)
6章::新しい政党の参入は投票率を高める?
- 新しい政党の候補者の登場が、「だれに投票していいのか分からない or 誰に投票しても一緒」と思って投票しない人の行動を変える可能性はある
- 投票行動に関しての有権者の二つのタイプ
- まず投票に行くと決めて、投票所についてから「さて誰に投票しよう」と考えるタイプ(投票コストや投票の社会的価値が重要)
- 特定の政党・候補者に票を投じたいから投票に行くと決めるタイプ(政策・能力に関して候補者間に差異を感じられることが重要)
- 新政党・新候補者の参入は前述の投票の3つのbenefit(民主的手続きの満足感/物質的・非物質的利益/選挙の接戦度)のうち物質的・非物質的利益と選挙の接戦度を通じて投票率に影響を与える可能性アリ。
- 分析枠組み
- 分析対象:新政党参入前後の衆院選データ(1967公明党/1993日本新党/2012日本維新の会)
- 差の差法(DID):「新党候補者が参入した区の投票率の前後変化 -新党候補者が参入しなかった区の投票率の前後変化」により新党候補者参入の影響を測る
- 分析結果
- 維新の会の参入は、1.25%ptほどの投票率引き上げ効果があった
- 一番古い公明党の参入にいたっては、8%ptの効果(創価学会の動員力がかなりすごかった:1967時点で世帯数600万とのこと*1)
7章:女性議員が増えると投票率は上がる?
- 2020年時点で、衆議院、県議会、町村議会の議員比率は約10%。参議院や特別区議会などは比較的高め
- 女性議員比率が高まることは、以下のような形で女性の投票率を高める
- 女性議員が増えることで、議会の決定や政治そのものへの女性有権者の信頼感・効力が向上する
- 女性にとって重要な政策が論議の俎上に載りやすくなる
- 分析
- 東京都特別区で1999年以降に行われた区議会議員選挙のデータを使う
- 男性候補者に比べ女性候補者は当選しやすく、当選者のなかでも上位に食い込んでくる確率も高い
- 操作変数法を使った分析を行う
- 操作変数(IV)は、効果をみたい処置変数(ここだと当該区議会の議員比率)に影響し、そしてその経路以外でアウトカム(投票率)に影響しない変数がのぞましいが、ギリギリ定数に滑り込んだ候補者とギリギリ及ばず候補者の性別の組み合わせを操作変数にした分析を行うのがとても面白い発想だった。
- 分析の結果、女性比率が1%pt増えることは、女性/男性の投票率を0.16/0.13%pt向上させる(統計的有意)。男女差も統計的有意なので、特に女性の投票率を高める、ということになる。
- 関係ないけど、女性議員率が高いと女性だけでなく男性有権者の投票率が高まる説明について「男性議員と比べると女性議員は清廉でフレッシュな印象を与えるので、このような特徴を持つ女性議員が増えることは議会全体への信頼や手続きの正当性への評価を高めてくれる」(p.143)と学者とは思えないすごい解釈がデータ的根拠なしに書かれていて面食らった。
(8・9章は実分析はないので割愛。投票データに関するバイアスや分析可能なデータの入手の難しさを話すのが8章。9章はまとめ)
感想とか
もともとは学術論文であるものをわかりやすく噛み砕いて書いている印象で、良書だと思った。
分析自体もシンプルにone question , one answerな感じでよかった。
投票参加を考える時に「選挙という民主的手続きに参加する満足感」というベネフィットに着目すべき、という(恐らくこの分野なら当たり前の前提的)知識はなるほど、となりました。
地域間投票率格差の縮小の要因として学歴バイアス(都市のほうが高学歴が多く、高学歴者は投票率が高い)があげられていたが、学歴バイアスは3つのベネフィットのうちどれによって最も説明されるのか、という点が個人的には気になったりした
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Enjoy!