論理の流刑地

地獄の底を、爆笑しながら闊歩する

Jane Jacobs『発展する地域 衰退する地域:地域が自立するための経済学』

正月気分が抜けないが、それを恥じるのではなく
むしろ種火のように大事に育てていき、気分だけは年中正月でいるのがいいのかもしれない(これが今年の目標*1


はじめに

アメリカ大都市の死と生』などで有名なジェイン・ジェイコブス御大の著。
(有名とかいっておきながら、浅学な私は御大のかいたもので読んだことのあるものは、『市場の倫理 統治の倫理』だけである。これもまた味わい深い知的刺激に満ちた本で、近いうちに再読したい*2
原著は1984年なので、40年前近く前の本ということになるが、解説のお二人が言っているように御大ならではの鋭い分析視角の価値は、21世紀も1/4近くがすぎた(マジかよ)いまでも色褪せない。

年末年始の休みの読書の為、ジュンク堂に別の地域問題系の書籍を探しに行った(お目当ての品切れだった)ら、近くの棚にあったので年末年始のスキマ時間で読んでいたが、経済学素人の私でも面白く読めた(まぁ仕事とか仕事とか色々あって結局年末年始休みでは読了できなかったけども)。
こういう出会いがあるから、リアル書店はやっぱずっと頑張ってほしいなと思うわけですね。

一読しての感想

  • 本題に入る前の第一章(前置きの章)では、ディマンド・サイド側の説明もサプライ・サイド側の説明もうまく立ち行かなくなったことの例として米国社会における1960~70年代におけるスタグフレーションの継起が挙げられている。だいたい合理的期待形成学派が出てくる前夜くらいの時代感で書かれていて、時代を感じる。
  • ケインジアンにとってはフィリップス曲線の妥当性が現実のデータに裏切られる時代に入ったことが、マネタリストにとっては金融引き締めと減税の同時実行提言がさらなる雇用・財政状況の悪化をもたらしたことが、彼らそれぞれの奉ずる理論の現実への説明力に対して疑義を呈される要因となった..と説明されている。ここらへん(とくにフィリップス曲線と現実のデータの突合)、一年前に読んだ「日本経済のマクロ分析」でも多く言及されていたところであった

ronri-rukeichi.hatenablog.com

  • ケインジアンでありながらフィリップス曲線に疑義を呈したアーサー・オーカンの「経済的不快指数」(失業率とインフレ率を足してスタグフレーションの数字にするという冗談)のアイディアは面白かった(p.43-45)。別に経済(学)だけの話ではなく、指標Aと指標Bが両方改善しなきゃいけないんだけどその間にはトレードオフがあって、どっちかを改善するとどちらかは悪化しやすくなる、みたいな関係があるとき、その合成指標や指標間に働くゆるやかな制約のほうに目を向けることは重要である。
  • 都市は、つねに従来の仕事を失いつづけている」(p.70)は名句だと思った。

都市は、つねに従来の仕事を失いつづけている。
その原因としては、たとえば、これまで顧客であった都市が自ら輸入置換を開始し、これまで輸入していた品目の生産者として競争相手にさえなる場合が挙げられる。
また、基礎がしっかり固まった企業が、最初は都市の共生的な温床で発展を遂げるが、のちには、創業の範囲を、たとえばピケンズ郡のような遠方へ移す場合もある
また、従来の仕事と、従来の多くの企業とが陳腐化する場合もある。
(p.70)

  • 経済発展と都市の存在は不可分であり、その構成要素は以下の五つ(一応以下の順番は時間軸もあらわしているらしい)である、というのが本書の一番大事な枠組みである(pp.71-74)
    1. 市場:「おもに農村的財と他の都市で生産されるイノベーションの産物とからなる、新しい輸入品に対する都市市場」
    2. 仕事:「輸入置換都市における仕事の量と職種の急激な増大」
    3. 移植工場:「従来の企業が過密化のために押し出された結果、都市の仕事が農村地帯へ大幅に移植されたこと」
    4. 技術:「技術、とりわけ農村の生産と生産性を上昇させる技術の新しい利用方法」
    5. 資本:「都市における資本の成長」
  • 「経済活動を孵化するのは軍需生産ではなく、都市なのである」(p.297)というまでのロジックが面白かった。軍需は確かに短期的な(少なくない)経済効果は見込めるのだけれど、一方で内製化につながるような輸入につながらないから、乗数効果が一次的なものに限定される、ということである。実際にデータから導き出された考察ではないが、論理は通ってはいる。軍事拡大を是とするような議論のひとつにその経済効果を説くものがあるが、それはあくまでも刹那的なものにすぎない、ということだろうか

しかし、軍需生産の長期化が、経済ブームをも長期化するかどうかを理解することが重要である。
ひとたび軍事的仕事の乗数効果が吸収されると、事態は沈静化する(p.289)

  • ジェイコブス御大は活動家としても名を馳せてるので、上述の軍需を軸とした経済への活性化などは結論先取のバイアスのかかった議論なのでは..と食って掛かりたくもなるが、いっぽうで貧困地域への一方的な援助に対して疑念を表明しているところが誠実なところである。彼女曰く、輸入置換や輸入のための経済力の稼得につながるような仕事の多様な拡大につながらないような貧困地域への補助金交付金は、「衰退の取引」でしかない(pp.298-300)。それは、ただ単に(都市の稼得を移転するような形で)購買力を底上げするだけでは、インプロビゼーションや輸入代替につながらず、援助への依存度が下がる蓋然性は低いままにとどまるからである。都市間の共生的取引ではなく、都市-農村の非対称的な関係性における取引という形が変わらない。
  • 以下のフレーズがかっこよかった(だけでなく本著の基本的アイディアを表しているように思えた)

都市は、二つの形で継続的なエネルギーのインプットを必要とする。
すなわち、一つはイノベーションであり、それは根本において人間洞察のインプットである。
いま一つは豊富な輸入代替であり、それは根本において、適応性のある模倣を行う人間能力のインプットである。
都市の有用性は、こうしたインプットー洞察と適応ーを日常の経済活動にうまく取り込めるような関係を提供できる点にある
(p.301)

  • 割と発展段階論的なお話の組み方というべきか、経済の発展に欠かせない都市も、その生産物の輸出先がなくなってくるので、衰退は避けられない、というのが彼女の見方である。そこで提唱されるのは、「主権の分割」という処方箋だ。個人的にはこの見立ては楽観的すぎるように思える。自生的秩序がかならずしも創発的たりえるのかしら、と思っちゃうのである。

およそ政治単位たるものは、それを統一させるのをあえて避けることによって、衰退の取引の誘惑に抵抗すべきだろう。
それゆえ、根底的な不連続とは、単一の主権をより小さな複数の主権の形に分割することになるだろう。
しかもそれは、事態が崩壊と解体の段階に行きついてからではなく、そのはるか手前の、事態がまだ順調に進んでいる間になされなくてはならない。国がこのように行動すれば、分割による主権の複数化によって、経済発展にも、また増大する経済的、社会的活動の複雑さにも、無理なく対応できるだろう。
(p.334)

  • なぜ楽観的すぎるように思うかというと、(貨幣のフィードバック作用の実現性*3のほうも正直疑問があるけどそっちは一旦おいといて)労働力の移動がそこでは捨象されているからだ。そもそも地域間人口移動の方に非対称性があって、「うまくいってきた都市」はだいたいどこも地方からの人材流入によって支えられてきた面があり、本書でいうところの「都市地域」(都市経済圏、的な意味で使われている)における中心部だけでなく、近隣部・周縁部にとってもその存在は無視できないのでは、と思う。「主権分割」に際して移動の自由はどうなるのか、というところが気になった。

その他雑感

  • フィリップス曲線(物価(賃金のときもある)と失業率の関係をあらわす曲線)の考案者である、アルバン・フィリップスはもともと電気技術者だったらしい。トリビアだった(wikiをみたらワニのハンター(!)や映画館のマネージャーもやってたらしいし、LSEには経済学ではなく社会学を学びに入学したらしい。変態的多才だ)
  • 訳者あとがきでimport replacementの訳語に(「輸入代替ではなく)「輸入置換」を"思い切って"あてたと書いてあるが、だいたい文中で使われているときそれは「内製化」の意味で使われているので、もっと思い切って「輸入内製化」とかにしてしまったほうがよかったのではないか*4
  • 解説(この本はめずらしく、解説を二人の人が書いている。ひとりは元知事の政治学者、ひとりは経済学者)で知ったのだけど、トロント市はジェイコブスの誕生日を公式にジェイン・ジェイコブス・デイとして宣言していて、色んな催しものが行われているらしい。すごい。
  • バブル崩壊前で「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とかも刊行されていた時代のものなので、全体的にめっちゃ日本(経済)が褒められているのですが、それが結構今の未来視点からみるとむず痒い感じがある。本書を通じて都市の発展における鍵概念としての(中小企業の相互共生的関係を強みとした)「インプロビゼーション」の成功例とされている日本の製造業etc.は、その後バブル崩壊後ももれなく幸せになれたのかというと...??って感じなので。
  • 上の主権の分割に対してのツッコミでも書いたんだけど、やっぱり現実に対しての提言に関しては急に夢想的になるのがちょっと「!?」ってなるんだけど、ジェイコブス御大は別に経済学者でも政策立案のブレインでもなく、あくまでもジャーナリストとしてこの著を記しているので、精緻な理論化を求めるのは、そもそも間違っているのかもしれない。この著に限らず、彼女の著作はさまざまなその後の研究に対してアイディアの種を蒔いているという意味で、とても示唆的かつインパクトのあるものであり、それは各時代・各専門領域のトップ層の学者であってもなかなかなしえないことであるのだよな。


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Enjoy!

*1:意識が低すぎる目標ではあるのだが、意外とうつろうつろぼんやりしてるときの生産性と、「おっしゃ、やるぞー!」みたいなテンションのときの生産性って変わらんのではないかと最近思ったりしている。前者のほうが持続性があるのなら、アベレージでみたら正月気分でいるのが幸福かつ効率的なのかもしれない

*2:だがボリュームがえぐい。割と枝葉末節の部分がすごいボリューミーなのである。まぁそこの面白さも含めての名著なのだけど

*3:分割した主権=地域単位ごとに通貨を発行することで、通貨価値の下落がうまく地域間の購買力や輸出競争力の格差を是正すると御大はかなり楽観的に考えている。あとそもそも地域通貨ってなかなか実現はむずいのよってのは解説で元知事の政治学者が触れている

*4:難癖ですね、すみません..