移民の経済学-雇用、経済成長から治安まで、日本は変わるか (中公新書)
- 作者:友原 章典
- 発売日: 2020/01/17
- メディア: 新書
Introduction
門外漢だけど(門外漢だから?)面白く読めた。
著名な海外文献のレビューが、各トピックについて適度に(=詳細すぎないが要点を抑えた形で)まとまっており、
さらにその含意が政策上の判断といかなる関連をもつか、というところまで言及があるため、
この分野を知らないが興味があって最低限のことを知っておきたい、という層にとって最適な本ではなかろうか。
読みやすさと情報の豊富さを兼ね備えた、良い本であると思う。
この本を貫く一つのメッセージを頭の悪い私なりに要約すると、
移民の増加が良いか悪いかは、国単位でどうとは簡単にいえなくて、
受け入れ国のなかでも、移民と誰が競合し(=代替的)、誰が得をするのか(=補完的)であるのかを、各問題ごとに常に考える必要がある。
といったところだろうか。
移民の増加により受入国(例えば日本)の「みんなが得をする OR 損をする」ということはめったになくて
だいたいの場合は「得をする人と損をする人がいる」といった形での影響が出るので、政策的・政治的判断においては
その両方を考える必要がある、ということだ。
Intersting Topics
いくつか興味深い箇所、「へぇ~」ってなった部分を備忘。
マジでただの備忘なんで、ほぼ箇条書きになってしまうのはご寛恕のほど。
競合関係分析における「格下げ」の問題
- 移民の存在が市民の雇用ににあたえる影響を分析する研究に対するDustman et al.(2016)の指摘
- 移民はその資質や属性が「格下げ」したうえで評価されるので、移民の高学歴層は市民の高学歴層だけではなく低学歴層とも競合する。
- 学歴や職種などで区分したうえで(=「統制した」気になって)移民と市民の代替性を推計してしまうと、ほんとうは代替が起きていても起きていないように見えてしまうことがある。
- だから移民の雇用への影響をどの区分でみるのかは今でもわりと論争的である(シンプルに地域で見たほうがええんやない?も根強い)。
なんでも「統制」すれば本当にみたいものがみえるわけじゃないよ、という社会科学の実証分析に対する教訓を感じた
移民の貿易への影響
- 移民が貿易に対してプラスの効果をもたらすうえでは、国際貿易における情報障壁(相手国の商慣行や法律など)の存在が大きい
- 移民の存在は、情報障壁を取り除くうえで大きな役割を果たす。ゆえに、輸出入の双方が増加する。
- 近年の研究結果からは、輸出より輸入への影響が大きいとされる。
- その理由は、輸入の場合は情報障壁の緩和だけでなく、「出身国の商品に対する需要」という二つ目の経路が存在するから。
短期的/長期的のスパンにより反転する〈移民→投資〉の影響
- 移民が海外からの直接投資に与える影響を短期/長期でわけて確認する。
- すると、短期的影響(移民フロー→直接投資フローは負)だが、長期的にはプラス(移民ストック→投資フローは正)になる。
- 短期/長期の影響が反転するのは、短期的には(資源制約の都合上)、ヒト=労働力とカネ=直接投資の間にトレードオフがあるためと考えられる。
- 「どのような移民か」という区分も重要で、技能労働者である移民の場合は短期的効果もプラスである。マイナスの短期的影響の主因は非技能労働者である
- 非技能労働者の移入がもつ負の短期的効果に関しては、Lewis(2011)が明らかにした、低技能移民の流入が技術革新を遅らすといった研究結果とも整合性がある
女性の参入と男性内の不平等
- Acemoglu et al.(2004)の研究の紹介。
- 第二次世界大戦中の総力戦体制は女性の労働参加を促したが、その結果男性内の学歴間賃金格差が拡大したのである
- なぜか。参入した女性が競合したのは高卒男性だったからである。
- 女性/男性比率が10%上がったときに、大卒男性に比して高卒男性の賃金のほうが顕著に大きく下がった結果として、格差拡大が起きた。
著者も断っている通り、移民とは関係ない研究成果であるが個人的に面白く感じた部分。
著者は続けて、少子化をとめるべく家事・育児支援サービス産業に移民を活用して女性の社会進出を促すと、男性のなかで厳しい経済状況の者が増えてさらに晩婚化するという経路もありうると警告している。
社会科学者が大好きな「意図せざる結果」ってやつですね。
地域区分の粒度と〈移民→住宅価格〉の効果の推定値の違い
- 移民の地域に与える影響を測る指標のひとつとして住宅価格がある。移民が増えると住宅価格が上昇/下落するのか?という研究が多く蓄積されてきた。
- 「実は、分析する地域区分の取り方によって住宅価格への影響が違う傾向がある。市町村よりは都道府県のように、広範な地域区分を使った分析ほど、住宅価格を上げるとする傾向がある。逆に、小さな地域で見ると、住宅価格は下がる」(p.119)
- これはいわゆるsegregationの話であって、大きな単位でみると移民の存在は住宅への需要増を確実にもたらすので価格は上がるが、より小さな地域でみると「市民が移民の多い地域を避ける傾向」があるので移民流入地区の住宅価格は下がる。
- シンプソンのパラドクスみたいな話だが、移民の問題に限らずこういう「分析粒度の設定自体が結果に影響をもたらす」ことは以外と起きているのかもしれないと思った。
移民が信頼に与える影響
- かのパットナム御大は民族的多様性が、異なる民族集団間のつながりだけでなく集団内のつながりをも損ねるという分析結果を発表し紛糾を呼んだ。
- そこに現れたのがAbscalとBaldassarriの"Love Thy Neighbor?"(汝の隣人を愛せよ?)という論文であった*1。
- 彼女らは、パットナムの研究や既存の民族多様性指標の問題性を指摘した。
- それはズバリ①「どの民族か」を識別してないこと、②内集団/外集団の接触確率を区分していないこと、の二点である
- 分析方法や指標を改善して再分析した結果、白人のみにその地域の白人割合の低さが内集団(白人)・外集団(非白人)の両方への信頼を低めている傾向があると明らかになった。
- また、多様性と低い信頼の関係は、不平等に関する指標(経済状態や定住性など)の地域間差異によって主に説明されるとも彼女らは強調している
色んな不平等指標や多様性指標が「誰が、どれだけ」という側面を捨象してしまっているというのはもっともな指摘で、移民以外の研究に関してもこういったAbscalらのような発想による見直しは必要だと感じた。
Conclusion
本筋とは関係ないのだが、本書の結論部ではこれからの日本社会が移民とどう向き合っていくか、受けいれていくのか、という点について著者がかなり楽観的な見方を示しているのが、印象的であった。
私個人としては、みんなが同じであることを前提に連帯する社会ではなく、
一人ひとりが違うことを尊重しながら、お互いを信頼し助け合えるような社会を予感している。
(中略...)
こうしたモノの見方には、アメリカでの生活体験に負うところが大きいだろう。
ーーp.211
私の知っているアメリカは懐の深い国だった。第5章でも述べように大学の授業料は大変高額だが、
博士号取得までの授業料の免除だけでなく、生活費に相当する金額も支給してくれた
(...中略)また、アメリカの環境は、能力を正当に評価してくれた
ーーp.212
それまでの、(研究で示された)実証ベースでの論展開からすると、良くも悪くも突飛な印象を受ける。
各国が移民に関して選別的な政策をとっているのは本書のなかでも触れられているが、
(おそらく人類全体でも優秀な側1%に該当するだろう)著者は、どちらかといえばそのなかで「歓迎された移民」の側であっただけなのではないだろうか、との印象をぬぐえない*2。
そもそも日本人どうしにおいて、われわれは「一人ひとりが違うことを尊重しながら、お互いを信頼し助け合える」関係を築けているんだろうか、と考え込んでしまったところではある。
Enjoy!!